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仙台の演劇

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一発で分かる

3年目の3・11に想う/編集部より

2013年度 若手演出家コンクールを経て

下北沢
下北沢

「3年目の311に想う」

若手演出家コンクール2013

4作品観劇と公開審査会を通して

思ったこと・・・・・・・・・・(仙台演劇道場 運営事務局 寄稿)

〜「真っ二つに割れた!」〜

公開審査会の場では

各審査委員の「ミサイル」評価が

真っ二つに割れた。

絶讃派と批判派

そしてそれは世代間格差ではなく、

頭の中身の格差だった・・・・

ちょっと話を変えますが、

実は私は「演劇」があまり好きではない。

正確にいうと「好きではなかった」。

じゃあ 何で このサイトやるの?

かというと、

今までは自分でもよく分からなかったのだが、

「偶然紹介された師範代達が、

大変貴重(希少?)な劇団だったから」

ということが、

今回のコンクールで分かった。

 

どうも自分は

いわゆる「演劇」の

「定型文的表現」が

苦手で、しかも、

恐らく世の中の

「演劇を観ない層」の

人々もそういう

「定型文的表現」が

苦手なんだと思う。

というか少なくとも

自分はそうだったし、

観ない層の気持ちは

容易く想像できる….

だがしかし、

当道場の師範代たちは違った!

「定型文的表現」とは

あくまで私にとっての事なのだが、

なんとなく巷によくある類いの

「芸術ぶって」

「高尚ぶって」

「難解ぶって」

最近では「おシャレぶって」

いるような(と私が感じる)、

とにかくなんだか

「雰囲気は芸術っぽい」んだが、

観ていて心的苦痛と

脳内麻痺を覚える表現の類いの事だ。

脳内麻痺の結果、

上半身が前後に揺れ出す。

 

とにかくその「定型文的表現」は、

TV局で20年近く番組制作に携わってきた自分としては、

すぐに「チャンネルを変えたくなる」

「視聴率が落ちる」類いの表現物だった。

 

しかしそんな感覚を持たずに観れた劇団が、

「レディバード」であり、

「ミサイル」だったのだ。

 

そしてこう思ったのだ↓

へえ、演劇、オモロイじゃん!

そして、

彼らの活動を追ううちに「ミサイル」の

「澤野」さんが「若手演出家コンクール」にて

優秀賞を受賞し、東京で最優秀賞決戦が

行われるという事を知ったわけです。

 

我が道場師範代が全国でのレベルはいかほどなのか?

全国から選りすぐりの他の優秀賞たちは、

どんだけ「演劇、オモロイじゃん!」と

思わせてくれるのか?????

コンクール会場
コンクール会場

前評判では、

どうやら「ダンス王子」的な人と

「ミサイル」師範代との接戦らしい・・・・

そして観劇に臨んだ!

 

観劇1組目

 

何故か冬山の話が始まった。

演技はウマイ!確かにウマイ!

だが、残念ながら定型文だ!

脳内が麻痺してきた。

「嗚呼、恐るべし定型文!」

自分は「冬山」で意識を失ってしまった!

なんたることだ!何たる事だ!

ハッと意識を回復した時には

もう既に遅かった。

「話が分からない」・・・・

そして今回、自分の横には、

自分以上に「演劇が苦手」な妻が観劇している。

ふと妻に目をやると、

妻は、

瞑想していた・・・・・

観劇2組目

 

我が道場 師範代の「短距離男道ミサイル」登場だ。

前説から童帝王と名乗るこれまた演技派の本田氏

見事な怪演っぷりで会場を湧かせてくれる。

自分の脳内も活性化されていくのを感じる。

ふと妻に目をやると、

妻は、

爆笑していた・・・・・

個人的には

「みちのく狂言」

「ダンボール剣士」のシーン

「クッキングボーイ」

が秀逸だった。

まあ完全に好みの問題ですが。

 

*蛇足ですが*

ラストの決着の付け方が

とてもヒドイはずなのに

不思議とスガスガしささえ

感じられて不思議なんだなこれが。

*蛇足終わり*

 

 

毎回思うのだが、

ミサイル師範代の、表面上の

「裸」と「下(シモ)」は 決して

主張の核ではない気がする。

 

その核は

「生命の礼賛」である裸体の表出をしながら、

「精神的自虐」を語るという

ギャップであり、

そのギャップが笑いという感情を

喚起させているのだと思う。

書いていて自分が何言っているか分かりませんが・・・・

 

だからこそ

「裸」と「シモネタ」が大嫌いな自分が、

「裸」と「シモネタ」を許容してしまうのだと思う。

 

そして

合間合間に見せられる、

身体表現としてのアーティスティックな

場面場面の「画構成」が美しかったりもする。

 

とにかく、

自分は大満足した事だけは間違いなかったし、

会場は爆笑の渦だった事も間違いなかった。

 

ただ一点、これも前々から気になっていた事だが、

審査という条件下において、

「荒さ」や「作りの粗雑さ」や

「言語不明瞭さ」や「意味不明瞭さ」は、

審査員の度量と価値基準が試される要因で、

審査員の次第で結果が大きく変わるだろうな

とは思った。

そして3組目

何やら わめき声から始まった。

いわゆる

「日常会話の何気ない」とかいうやつで、

「絶叫」を使われると、それだけで、もう、

自分は拒否反応してしまう。

基本、自分も妻も

「絶叫劇」が苦手だ。

「絶叫劇」は自分において「定型文」であり、

瞬間的に「耳を塞ぎたく」なるシロモノなのだった。

翌日

 

4組目

 

いよいよ、前評判の高い、

「ダンス王子」の登場だ。

始まった!

「なんとこれまた定型文!」

しかもオサレ系定型文!

スタイリッシュ定型文!

いかにも東京もんが好きそうな、

緻密に頭脳を使って身体表現を

オサレに料理しました的な、

完成度の高いイマドキ定型文!

なんかカッコ良さげだけど・・・

TsuMaRan・・・

自分の脳内が麻痺しかけてきた・・・

だが昨日のように

「話が分からない」という後悔はしたくない

見届けねば・・・・

それにしてもこの能天気さは、何だ?

そうだ、これは、まさに、「ミサイル」の演目に出て来た

「クッキングボーイ」というキャラじゃないか!

作ってるものがハンバーグかダンスかの違いだ。

そしてこの4作品目で気づいた事があった!

「嗚呼!被災地以外の人々はあの大地震を「実体感」していないのだった!」

理不尽でおよそ理解不能な

巨大な大地の「怒り」もしくは「笑い」に襲われ、

「あの日、あの大地震を体感し停電・断水・断ガスの目に遭い、

 理不尽にも友人知人隣人の死を聞き、

それでも自身は生きながらえている状況下、

自身のあらゆる日頃のこだわり.わだかまり.様式美が無意味に思える体感」

 

そんな体感経験のある者にとって、

 

「定型文」を、

 延々1時間も見たくないのだ!

 

そして、

強大な理不尽を体感していない者にとっては、

その者が所属する世界の「定型文」は、

決して無意味ではないのだ。

「ある枠を守ること」こそが日常を続ける上で

大きな意味を持っていると

感じているのだ!

 

 

そして、

「短距離男道ミサイル」という団体が、

震災の影響下で生まれ、

現在のようなカオスな地下マグマのごとき

エネルギー体として存在している理由が

おぼろげながら理解でき、

自分が「カオス状況体感経験者」として

共感する理由と、

逆に、

その得体の知れないエネルギー体を忌避し、

恐れる、老害・保守・不感症な感性保持者が

存在することにも合点がいくのだった。

(合点したのは書いてる今だけど…orz)

 

 

そして、

時代と世相は今後、

加速度的にカオスの方向に進む。

 

 

「ミサイル」の存在は、

確実に重要なモノにならざるを得ないと、

「演劇が苦手」な自分は 確信している。

以下に4名の、

非常にクレバーな判断を下した、

(つまり最終投票で澤野氏に投票した)

審査員方々の言を記して本稿の〆としたい。

土橋 淳志 さん
土橋 淳志 さん

土橋氏「美術面が面白かった」

    「中身に関してはこの人たちが何を闘っているのか分からなかった」

   「仙台から来ている事が足かせになっている気がする」

→ 筆者にはこの土橋氏の言の真意は今ひとつ理解できなかったが、

  決戦投票で「ミサイル」に1票を投じた氏の感性は大としたい。

智春さん
智春さん

智春 氏「身体の動き方が きちんと訓練されている」(← 鋭い評!)

    「実は難しい動きを見事にこなしていた」  (← 鋭い評!)

   「単なるおバカではなくオチも含めてよく考えられていた」(←鋭い!)

   「「クッキングボーイ」ではリアルな現実を感じさせられた」(←鋭い!)

   「4作品中 最も 心に突き刺さった作品だった」(←その通り!)

→ 筆者にはこの「智春」という方が大変頭の良いキレる人物だと思えた。

 頭の良さとは、洞察力と分析力と判断力があるということである。

 こういう審査力をもつ若い人がいる事は今後の演劇界の救いである。

青井 陽治 さん
青井 陽治 さん

青井 氏「澤野さんの作品は

    そのテンションとエモーションにおいて世界レベルである」(←絶賛!)

     「2次審査の「裸のリア王」は

    昨年見たどのリア王よりも素晴らしかった!」(←絶賛!)

    「演劇において最も難しい「笑い」と「悲しみ」を表現できる演出家である」

→筆者には 青井 氏 の世界レベルまで俯瞰した評価に大きな喜びを感じた。

 まさに今の日本に足りない逸材がここに現出しているという重要な提案が

 ここでなされたように思う。

木村 繁 さん
木村 繁 さん

木村 氏 「演劇を知らない人を対象にした演劇づくりをしている」

    「非常に確信犯的に粗雑な作りをしている(下手を装っている)」

    「情念や情動の表現という一点への集中した作りは突出している」

     

→筆者には 木村氏の言は演劇界に非常に重要な提言をしているように思う。 

 なぜなら「演劇を知らない人を対象にした演劇」は、

 今後の演劇界を尻窄みにせず隆盛させるために最も重要な要素だからだ。

 「演劇人や演劇関係者内部での共食い経済」から脱しなくては未来はない。

 

そしてそれをでき得るのが「短距離男道ミサイル」なのである。

 

***審査員の各言及内容は公開審査会での筆者のメモをもとに

   うろおぼえの記憶を加味した「再言」であり、

   そんな方向の事を言っていたという曖昧なものである***

 

         仙台演劇エンタメ道場 運営事務局 編集部 拝

 


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